レベルB2 · 第85課

印刷所を訪ねる

ドン・キホーテはバルセロナの印刷所に入り、ある本を翻訳している男と翻訳について議論します。隣の台では、彼自身についての本が刷られています。

ギュスターヴ・ドレの版画:書斎で剣を振りかざす年老いた郷士と、そのまわりで騎士道物語から呼び出された騎士や怪物の幻。
Gustave Doré, 1863. Public domain.

このレッスンで学ぶこと

読む前に

この章は言葉をめぐる会話なので、スペイン語が言葉について語るときの仕組みがたくさん出てきます。あるものが何を意味するか、何と呼ばれるかを、本文がいくつの言い方で表しているか数えてみましょう。少なくとも四つあり、互いに入れ替えはできません。あとの文法の項で一つずつ分解します。

やさしいスペイン語で読む物語

Aquella mañana don Quijote salió a pasear por Barcelona sin armas y a pie.

その朝、ドン・キホーテは武器を持たず、徒歩でバルセロナの町を散歩に出かけました。

Iba en traje de camino, con Sancho y con dos criados que le prestó don Antonio.

旅の服装で、サンチョと、ドン・アントニオが貸してくれた二人の召使いを連れていました。

Prefería andar así, porque a caballo lo seguían los muchachos por todas las calles.

馬に乗っていると、どの通りでも少年たちがついてくるので、こうして歩くほうがよかったのです。

En una calle cualquiera alzó los ojos y vio un letrero puesto sobre una puerta.

とある通りで目を上げると、戸口の上に掲げられた看板が見えました。

Decía en letras muy grandes que allí se imprimían libros, y aquello lo alegró mucho.

そこにはとても大きな文字で、ここで本を印刷していると書かれていて、彼は大喜びしました。

Nunca había visto una imprenta por dentro y quiso saber cómo era aquello.

彼は印刷所の中を一度も見たことがなく、どんなところなのか知りたくなりました。

Entró con toda su comitiva y se quedó parado en medio del taller, mirando.

彼はお供を全員連れて中に入り、工房の真ん中で立ち止まって眺めました。

En una parte tiraban de la prensa y en otra corregían pliegos que ya estaban secos.

ある所では印刷機を引いており、別の所ではもう乾いた刷り紙の校正をしていました。

Unos componían con las letras sueltas en la mano y otros enmendaban lo ya compuesto.

ばらの活字を手に持って組んでいる者もいれば、組み終わったものを直している者もいました。

En un rincón estaban las hojas puestas a secar, colgadas como ropa lavada.

片隅には、刷った紙が洗濯物のように吊るされて乾かしてありました。

Don Quijote se acercó a cada cajón y fue preguntando qué hacía cada hombre.

ドン・キホーテは活字ケースの一つ一つに近づき、それぞれが何をしているのか尋ねて回りました。

Los oficiales le daban cuenta con paciencia, y él se admiraba y pasaba adelante.

職人たちは辛抱強く説明し、彼は感心しては次へ進みました。

En una de las mesas encontró a un hombre de buen talle que traducía un libro.

ある台で、彼は本を翻訳している、身なりのよい男に出会いました。

Le preguntó el título, y el traductor contestó que en toscano se llamaba Le bagatele.

題名を尋ねると、翻訳者は、トスカーナ語では Le bagatele というのだと答えました。

En castellano aquello venía a ser algo así como Los juguetes.

カスティーリャ語にすると、「つまらないもの」といったところでした。

Era un libro humilde de nombre, dijo, pero con cosas buenas y sustanciales dentro.

名前こそ地味な本だが、中身は立派でしっかりしたことが書いてある、と彼は言いました。

Don Quijote sabía algún tanto de italiano y quiso lucirlo con una prueba pequeña.

ドン・キホーテはイタリア語をいくらか知っていたので、ちょっとした試験をしてその腕前を見せたくなりました。

Le preguntó cómo traducía piñata, y el otro contestó al momento que olla.

piñata をどう訳すかと尋ねると、相手はすぐに olla と答えました。

Apostó entonces que traducía piache por place, più por más y giù por abajo.

そこで彼は、piache は place、più は más、giù は abajo と訳すだろうと賭けました。

El traductor dijo que sí, que ésas eran exactamente sus propias correspondencias.

翻訳者は、そのとおり、まさにそれらが対応する語だと言いました。

Entonces don Quijote soltó la opinión que traía ya formada sobre aquel oficio.

するとドン・キホーテは、その仕事についてすでに用意していた意見を口にしました。

Traducir de una lengua fácil a otra fácil no prueba ingenio ninguno ni estilo.

易しい言語から別の易しい言語へ訳しても、才知も文体も何ひとつ証明しない。

Lo comparó con copiar un papel de otro papel, que tampoco prueba nada.

それは一枚の紙を別の紙から写すようなもので、それもまた何も証明しない、とたとえました。

Y le puso encima la comparación que él tenía guardada para estos casos.

さらにその上に、こういうときのためにとっておいたたとえを持ち出しました。

Traducir de una lengua a otra era como mirar los tapices flamencos por el revés.

ある言語から別の言語へ訳すのは、フランドルのタペストリーを裏側から見るようなものだというのです。

Las figuras se ven, pero salen llenas de hilos que las oscurecen y las estropean.

図柄は見えるけれども、糸だらけで、ぼやけて台なしになっている。

No se ven con la lisura ni con el color que tienen por el derecho.

表側にあるなめらかさも色合いも見えない、と。

Con todo, no despreció al hombre, y le dijo que había traductores excelentes.

とはいえ彼はその男を見下したわけではなく、すぐれた翻訳者もいると言いました。

Le preguntó luego si imprimía por su cuenta o si había vendido el privilegio.

それから、自費で印刷しているのか、それとも出版の特許を売ったのかと尋ねました。

Por su cuenta, contestó, y esperaba ganar mil ducados con dos mil ejemplares.

自費です、と男は答え、二千部で千ドゥカードもうけるつもりだと言いました。

Don Quijote le dijo que echaba mal las cuentas y que no conocía a los impresores.

ドン・キホーテは、その計算は間違っている、あなたは印刷屋というものをわかっていないと言いました。

El otro respondió que no imprimía por fama, que fama ya tenía, sino por provecho.

男は、名声のために印刷しているのではない、名声ならもうある、もうけのためだと答えました。

En el cajón siguiente estaban corrigiendo un libro de devoción llamado Luz del alma.

次の活字ケースでは、『魂の光』という信心の本を校正していました。

Don Quijote dijo que ésos eran precisamente los libros que se debían imprimir.

ドン・キホーテは、そういう本こそ印刷されるべきだと言いました。

En el de más allá corregían la segunda parte de un hidalgo de la Mancha.

その向こうの台では、ラ・マンチャのある郷士の物語の続編を校正していました。

La había escrito, según decían allí, un tal vecino de Tordesillas.

そこで聞いたところでは、書いたのはトルデシーリャスに住むなにがしという男でした。

Don Quijote dijo que ya tenía noticia de aquel libro y que lo creía quemado.

ドン・キホーテは、その本のことはもう聞いている、とっくに燃やされたものと思っていたと言いました。

Y salió de la imprenta con muestras de despecho, sin volver la cabeza.

そして腹立ちをあらわにして、振り返りもせずに印刷所を出ていきました。

Nunca se le ocurrió preguntar por el otro libro, el verdadero, el que iba ganando.

もう一冊の本、本物の、勝ちつつあるほうの本について尋ねようとは、思いもしませんでした。

Aquella misma mañana, en aquel mismo taller, podían estar componiendo su historia.

まさにその朝、まさにその工房で、彼自身の物語が活字に組まれていたかもしれないのに。

語彙

印刷の工房

la imprenta
印刷所
la prensa
印刷機
el pliego
刷り紙
el cajón
活字ケース
componer
活字を組む
enmendar
直す、訂正する
el oficial
職人
el letrero
しるし、合図

商売としての本

el ejemplar
(本の)一冊
el privilegio
出版の特許
el librero
本屋
la impresión
刷り、印刷部数
imprimir por su cuenta
自費で印刷する
el provecho
もうけ、利益
echar las cuentas
計算する、勘定する
el título
題名

ものの意味を言う

venir a ser
結局〜になる、〜にあたる
querer decir
意味する
la correspondencia
対応する語
el tapiz
タペストリー
el revés
裏側
el derecho
表側
la lisura
なめらかさ
el despecho
腹立ち

語の意味と本の題名を言う

El libro, en toscano, se llama Le bagatele.

Le bagatele viene a ser en castellano Los juguetes.

Piñata se traduce por olla.

この章は二人の男が言葉をめぐって議論する場面なので、出てくるスペイン語は、言語そのものについて話すときにいつも必要になるスペイン語です。学習者の一日では、ほかの誰よりもそれが大きな部分を占めます。何時間も「これはどういう意味か」と尋ねて過ごすのですから。そのための決まった言い方は六つあり、ネイティブはそれをきちんと使い分けています。

1. 何と呼ばれるか

スペイン語英語使い道
El libro se llama Le bagatele.その本は Le bagatele という。何でも
La obra se titula Luz del alma.その作品は『魂の光』と題されている。本、映画、歌にだけ
Se conoce como el Caballero de los Leones.彼は「獅子の騎士」として知られている。正式な名前ではなく、人々が使う呼び名

se に注目しましょう。英語では the book is called と受け身で言いますが、スペイン語では再帰動詞 llamarse を使います。✗ el libro es llamado は、法律文書以外ではスペイン語として通用しません。

2. 何を意味するか

スペイン語英語文体
¿Qué quiere decir bagatela?bagatela はどういう意味ですか。話し言葉、日常的な言い方
Bagatela significa cosa de poco valor.bagatela は価値の低いものを意味する。書き言葉、辞書的な言い方
Bagatela viene a ser un juguete.bagatela は、言ってみればおもちゃのようなものだ。わざと大まかに言う言い方
bagatela は英語の trifle に相当する(equivale a)。bagatela は trifle に相当する語だ。専門的、二つの体系を比べるとき

このうち二つは組にして覚える価値があります。Querer decir は口に出して言うときの表現で、人を主語にすることもできます。¿qué quieres decir con eso?「それはどういう意味?」。Significar は人を主語にすることがほとんどありません。✗ ¿qué significas? と尋ねる人はいません。つまり規則は簡単です。語は significan、人は quieren decir。

ぜひ身につけたいのはVenir a serです。訳がおおよそのものだと示し、言い切れないことまで言い切らずに済みます。sobremesa viene a ser the time you stay at the table after eating。学習者なら毎日必要になる「ぼかし」の表現ですが、ほとんどの人は出会わないままです。

3. 訳し方

スペイン語落とし穴
traducir del italiano al españoldeとa。enは使わない
traducir piñata por olla選んだ語にはpor
¿Cómo se dice table en español?いちばんよく使う質問
En español no hay palabra para eso.正直な答え(よくある)

4. 本そのものについて話す

B1で学んだTratar deは、本が何について書かれているかを言います。trata de un hidalgo que enloquece。その横に、主語のない非人称のtratarse deを置きましょう。se trata de una traducción del toscanoは「トスカーナ語からの翻訳である」という意味です。二つは一文字しか違わないのに働きが異なり、取り違えるのがこの分野でいちばん多い間違いです。

背後で刷られている本

1614年、セルバンテスが自作の後編を書いている最中に、別の誰かが続編を出版しました。著者名はアロンソ・フェルナンデス・デ・アベリャネーダ。正体はいまも突き止められていません。印刷はタラゴナで、その序文はセルバンテスを、年寄りで貧乏で片腕だと罵っていました。セルバンテスは67歳、残された時間はおよそ2年でした。この侮辱に彼がどう応じたかこそ、この章でいちばん面白いところです。

彼は序文で反論しませんでした。物語の中に取り込んだのです。それ以降、偽の本はドン・キホーテが歩く世界の中に存在します。登場人物がその本の話をし、ある人物はもう一人のドン・キホーテに会ったと誓い、そしてここでは主人公がバルセロナの印刷所に立ち、偽作の校正刷りが机の上を流れていくのを見ています。仕返しは個人的なものではなく、作品の構造そのものにあります。本物のドン・キホーテが、偽物が作られるのを目にし、それを認めず、立ち去るのです。

そして、場面を一段引き上げる細部が来ます。彼は自分の本のことを一度も尋ねません。その本があることは知っていて、20章前には長々と論じてもいたのに、印刷所に立ちながら、自分の偉業の真の物語を刷っているかどうか尋ねようとは思いもしないのです。1615年の印刷所は騒がしく、人であふれた、半ば工場のような場所で、セルバンテスは自分の紙が刷り上がるのを見たことがありました。彼は登場人物を、その人物自身が製造されている部屋に置き、それに気づかせなかったのです。

セルバンテスの原文で · «me parece que el traducir de una lengua en otra…»

me parece que el traducir de una lengua en otra, como no sea de las reinas de las lenguas, griega y latina, es como quien mira los tapices flamencos por el revés, que, aunque se veen las figuras, son llenas de hilos que las escurecen, y no se veen con la lisura y tez de la haz

思うに、ある言語から別の言語へ訳すことは、言語の女王であるギリシア語とラテン語からでもないかぎり、フランドルの綴れ織りを裏から眺めるようなものだ。図柄は見えても、それを曇らせる糸だらけで、表のようななめらかさも美しさもないのだから

後編第62章より。翻訳についてスペイン語で言われたことの中で、最もよく引用される一節です。押さえておきたい点が三つあります。まず綴り。veenはvenの、escurecenはoscurecenの古い形で、la hazは布の表、つまりel revésの反対です。次に例外。ドン・キホーテはギリシア語とラテン語からの翻訳は別扱いにしています。これは当時の標準的な考え方で、引用する人がみな忘れる部分です。三つ目に、これこそこの一節が単なる翻訳家への悪口ではない理由ですが、これを書いた人物は生涯翻訳のただ中で仕事をし、その仕事を現場から知っていました。セルバンテスは3行後で、二人の翻訳家を名前を挙げて称えています。そしてこの言葉を含む小説自体が、シデ・ハメーテ・ベネンヘーリのアラビア語の手稿を、トレドで名もないモリスコが訳したもの、という体裁をとっています。つまりスペイン文学で最も鋭い翻訳批判は、自らを翻訳だと名乗る本の中に現れ、しかも語る人物はそのとき、自分の訳された物語が刷られているかもしれない印刷所に立っているのです。セルバンテスは翻訳に価値がないと言っているのではありません。いま読んでいるのはタペストリーの裏側なのだから、それを忘れないように、と言っているのです。

同じスペイン語をセルバンテスの原文で

学んだばかりの項目が原文で使われている一節を、手を加えずに、形をひとつずつ解説しながら読みます。