C2 · 前編、序文
序文をからかう序文
セルバンテスは、やがて称賛されることになる本について謝ることから始めますが、その詫びの言葉はどれも武器です。これは語彙ではなく文法で組み立てられた皮肉です。謙遜は条件の形の中に宿り、比喩は息子が醜くてもかまわないように仕組まれています。
セルバンテスが書いたままの抜粋
ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』前編、序文。原文のまま。
Desocupado lector: sin juramento me podrás creer que quisiera que este libro, como hijo del entendimiento, fuera el más hermoso, el más gallardo y más discreto que pudiera imaginarse. Pero no he podido yo contravenir al orden de naturaleza; que en ella cada cosa engendra su semejante. Y así, ¿qué podrá engendrar el estéril y mal cultivado ingenio mío, sino la historia de un hijo seco, avellanado, antojadizo y lleno de pensamientos varios y nunca imaginados de otro alguno
暇な読者よ、誓わずとも信じてくれてよいが、私はこの本を、わが知性の子として、想像しうるかぎりもっとも美しく、もっとも才気にあふれ、もっとも賢いものにしたかった。だが、万物はそれぞれ自分に似たものを生むという自然の秩序に、私は逆らうことができなかった。だから、実りのない、手入れの悪い私の才知が生むものといえば、ひからびて、しなびて、気まぐれで、誰も思いついたことのない奇妙な考えに満ちた息子の物語でなくて何であろう。
同じ内容を、今日書かれるスペイン語で
二つを並べて読んでみましょう。両者の間で変わったことが、このレベルの学習内容です。
Lector desocupado: puedes creerme sin que lo jure que me habría gustado que este libro, como hijo de mi entendimiento, fuera el más hermoso, el más elegante y el más inteligente que se pudiera imaginar. Pero no he podido contradecir el orden de la naturaleza, en la que cada cosa engendra a su semejante. Así que, ¿qué puede engendrar mi ingenio estéril y mal cultivado, sino la historia de un hijo seco, arrugado, caprichoso y lleno de ideas raras que nunca se le ocurrieron a nadie?
形ごとの変化
| 原文 | 現在 | なぜ大事か |
|---|---|---|
| Desocupado lector | lector desocupado | 重みを出すために形容詞が前に来ています。しかも「暇な」と「何もしていない」の両方の意味があります。 |
| quisiera | me habría gustado | ていねいな過去未来(条件法)の役をする接続法過去です。 |
| imaginados de otro alguno | imaginados por otro | 動作主を示す de で、今なら por しか使えません。 |
| avellanado | arrugado, seco | ハシバミの実のようにひからびた、という意味です。顔について使います。 |
| antojadizo | caprichoso | 急な気まぐれを起こしやすいこと。今でも使われます。 |
| ingenio | talento, inventiva | この本のかなめとなる言葉です。題名にも入っています。 |
構文
全体が sino を使った修辞疑問を軸に回っていて、答えは問いの中に仕込まれています。法の連続に注目してください。quisiera、次に fuera、次に pudiera。三つ続く接続法が文を一歩引いたところに保っていて、スペイン語のていねいさはまさにこれでできているのです。
スペイン語の読者に聞こえるもの
自分を卑下する言葉はどれも、言っていることと反対の働きをしています。本を子どもにたとえる比喩は、その子をひからびた、しなびたと呼べるように仕組まれていますが、自分の本をそう思う作者などいません。さらに hijo del entendimiento は、本当の作者はシデ・ハメーテなので、この父親は継父にすぎないという、のちの冗談の下準備にもなっています。謙遜を額面どおりに受け取った読者はまんまとだまされたわけで、それこそが狙いなのです。
この講座のどこでこの準備ができるか
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