レベルB2 · 第89課

アロンソ・キハーノの遺言

ドン・キホーテは村に帰り着き、熱病に倒れ、正気に戻って目を覚まします。本当の名前を取り戻し、遺言を作り、自分の寝床で息を引き取ります。

ギュスターヴ・ドレの版画:ロバに乗った農家の娘の前にひざまずくサンチョ・パンサ。彼女を魔法をかけられたドゥルシネーアだとしてドン・キホーテに引き合わせている。
Gustave Doré, 1863. Public domain.

このレッスンで学ぶこと

読む前に

法律のスペイン語と宗教のスペイン語には共通の癖があります。願いを担うはずの動詞が落ち、文がいきなりqueで始まり、その後に接続法が続くのです。本文の後半でこの型に注目しましょう。遺言、祝福、呪い、別れのあいさつの文法で、一度気づけば、いたるところで耳にするようになります。

やさしいスペイン語で読む物語

Don Quijote llegó a su pueblo un domingo por la mañana y entró por la plaza.

ドン・キホーテはある日曜の朝に村に着き、広場を通って入っていった。

Se fue derecho a su casa, donde lo recibieron el ama y la sobrina.

まっすぐ家へ帰ると、家政婦と姪が迎えた。

Pocos días después se le vino encima una calentura que lo tuvo seis días en la cama.

数日後、熱が彼を襲い、6日間寝床に伏せることになった。

Sus amigos el cura, el barbero y el bachiller lo visitaban todas las tardes.

友人の司祭、床屋、学士が毎日午後に見舞いに来た。

Sancho no se apartaba de la cabecera de la cama ni para comer ni para dormir.

サンチョは食べるためにも眠るためにも、枕元を離れなかった。

Todos creían que la tristeza de verse vencido era lo que lo tenía de aquella manera.

皆、敗れた身の悲しみが彼をこうさせたのだと思っていた。

El bachiller le decía que se levantara, que ya tenía compuesta una égloga para los dos.

学士は彼に、起きなさい、二人のための牧歌をもう書いてあるのだから、と言った。

Nada de aquello le quitaba la tristeza, y sus amigos llamaron por fin al médico.

そのどれも彼の悲しみを晴らさず、友人たちはついに医者を呼んだ。

El médico le tomó el pulso, no quedó nada contento y habló aparte con los demás.

医者は脈をとり、まったく気に入らない様子で、ほかの者たちを脇へ呼んで話した。

Dijo que atendiera a la salud del alma, porque la del cuerpo corría peligro.

体の健康は危ういから、魂の健康に心を配るように、と言った。

Don Quijote lo oyó con el ánimo sosegado, pero las mujeres se echaron a llorar.

ドン・キホーテは落ち着いてそれを聞いたが、女たちは泣き出した。

Pidió entonces que lo dejaran solo en el cuarto, porque quería dormir un poco.

それから彼は、少し眠りたいので部屋に一人にしてほしいと頼んだ。

Durmió de un tirón más de seis horas, y pensaron que se quedaba en el sueño.

彼は6時間以上ぐっすり眠りつづけ、皆はもう目を覚まさないのではと思った。

Despertó dando una gran voz y bendiciendo a Dios por la merced recibida.

彼は大きな声をあげて目を覚まし、受けた恵みについて神をたたえた。

La sobrina le preguntó qué decía, porque hablaba más concertado que otros días.

姪は、何を言っているのかと尋ねた。いつもの日よりも筋の通った話し方をしていたからだ。

Contestó que ya tenía el juicio libre y claro, sin las sombras de antes.

彼は、自分の分別はいまや自由で澄みわたり、以前のような影はないと答えた。

Aquellas sombras se las habían puesto encima sus lecturas continuas de caballerías.

その影は、騎士道物語を絶えず読みふけったことで覆いかぶさっていたものだった。

Ya conocía sus disparates, y solo le pesaba que el desengaño llegara tan tarde.

いまでは自分のたわごとがよくわかり、ただ、目が覚めるのがこれほど遅かったことだけが悔やまれた。

Llamó a sus amigos y les pidió que le dieran la enhorabuena por una cosa.

彼は友人たちを呼び、一つのことを祝ってほしいと頼んだ。

Ya no era don Quijote de la Mancha, sino Alonso Quijano, llamado el Bueno.

自分はもはやラ・マンチャのドン・キホーテではなく、善人と呼ばれたアロンソ・キハーノだ。

Aquel renombre se lo habían dado sus costumbres, y no se lo había dado ningún libro.

その呼び名は彼の暮らしぶりが与えたもので、どんな本が与えたものでもなかった。

Sansón le dijo que ahora que iban a ser pastores no se hiciera ermitaño.

サンソンは、これから羊飼いになろうというときに隠者になどならないでくれ、と言った。

Él respondió que se sentía morir aprisa y que dejasen las burlas aparte.

彼は、自分はどんどん死に近づいているのを感じるから、冗談はやめてくれと答えた。

Pidió un confesor que lo confesara y un escribano que hiciese su testamento.

彼は告解を聞いてくれる聴罪司祭と、遺言を作ってくれる公証人を求めた。

El cura salió después de confesarlo y dijo que verdaderamente estaba cuerdo.

司祭は告解を聞き終えて出てくると、彼は本当に正気だと言った。

Entró el escribano, y lo primero fue el alma y luego vinieron las mandas.

公証人が入ってきた。まず魂のことが述べられ、そのあとに遺贈が続いた。

Mandó que no se le pidiera cuenta ninguna del dinero que llevaba Sancho.

サンチョが預かっている金については、何の勘定も求めないよう命じた。

Que se quedara con todo lo que sobrase, dijo, y que le hiciera buen provecho.

余った分はすべて彼が取っておくように、そしてそれが彼の役に立つように、と言った。

Si loco le había dado una ínsula, cuerdo le habría dado un reino entero si pudiera.

狂っていたときに島を与えたのなら、正気のいまなら、できることなら王国をまるごと与えただろう。

Le pidió además perdón por haberle hecho parecer delante de todos tan loco como él.

さらに、皆の前で自分と同じくらい狂っているように見せてしまったことを詫びた。

Sancho, llorando, le dijo que no se muriera y que tomara su consejo.

サンチョは泣きながら、死なないでくれ、自分の言うことを聞いてくれと言った。

La mayor locura que puede hacer un hombre es dejarse morir sin que nadie lo mate.

人がしでかす最大の狂気は、誰に殺されるでもなく、自分から死んでいくことだ。

Que se levantara, que salieran al campo vestidos de pastores como tenían hablado.

起きてくれ、約束したとおり羊飼いの格好をして野原へ出よう。

Quizá encontraran a Dulcinea desencantada detrás de alguna mata del camino.

道ばたの茂みの陰で、魔法の解けたドゥルシネーアに出会えるかもしれない。

Don Quijote contestó que en los nidos de antaño no hay pájaros hogaño.

ドン・キホーテは、去年の巣に今年の鳥はいない、と答えた。

Mandó luego toda su hacienda a Antonia Quijana, su sobrina, que estaba presente.

それから彼は、全財産をその場にいた姪のアントニア・キハーナに遺した。

Que se pagara primero al ama su salario y veinte ducados más para un vestido.

まず家政婦に給金を払い、さらに服を一着仕立てるための20ドゥカードを与えること。

Dejó por albaceas al cura y al bachiller Sansón Carrasco, que estaban los dos presentes.

遺言執行者には、ともにその場にいた司祭と学士サンソン・カラスコを指名した。

Puso además una cláusula sobre la sobrina, y fue la más dura del testamento.

さらに姪についての条項を加えたが、それが遺言の中で最も厳しいものだった。

Si se casaba, que fuera con hombre que no supiera qué son libros de caballerías.

結婚するなら、騎士道物語が何かを知らない男とすること。

Y si se casaba con uno que lo supiera, que perdiera cuanto él le dejaba.

そして、それを知っている男と結婚したなら、彼が遺すものをすべて失うこと。

Los albaceas repartirían entonces toda la herencia en obras pías, a su voluntad.

その場合、遺言執行者たちは遺産をすべて、自分たちの判断で慈善事業に充てることになる。

Cerró con esto el testamento, le tomó un desmayo y se tendió en la cama.

これで遺言を締めくくると、彼は気が遠くなり、寝床に身を横たえた。

Vivió tres días más, desmayándose muy a menudo y con la casa entera alborotada.

彼はさらに3日生き、何度も気を失い、家じゅうが大騒ぎだった。

Murió después de recibir los sacramentos y de abominar otra vez de aquellos libros.

彼は秘跡を受け、あの本たちをもう一度きっぱりと退けてから亡くなった。

Lloraron todos los que estaban allí presentes, y Sancho más que ninguno de ellos.

その場にいた全員が泣き、中でもサンチョがいちばん泣いた。

El escribano dijo que en ningún libro de caballerías había leído una cosa semejante.

公証人は、どの騎士道物語でもこのようなものは読んだことがないと言った。

Ningún caballero andante había muerto nunca en su propia cama tan sosegadamente.

これほど安らかに自分の寝床で死んだ遍歴の騎士は、かつていなかった。

語彙

病気

la calentura
熱病
tomar el pulso
脈をとる
el desmayo
失神
sosegado
落ち着いた
el juicio
理由
cuerdo
正気の
el disparate
たわごと
el desengaño
ついにはっきり見えること

遺言

el escribano
公証人
la manda
遺贈
el albacea
遺言執行者
la hacienda
財産
la herencia
遺産
la cláusula
条項
el salario
給金
las obras pías
慈善事業

厳かな決まり文句

es mi voluntad que
〜することが私の意思である
mando que
〜するよう命じる
disponer que
〜と定める
suplicar
懇願する
dejar por albacea
遺言執行者に指名する
abominar de
退ける、忌み嫌う
dar la enhorabuena
祝う、お祝いを言う
hacer buen provecho
役に立つように、召し上がれ

前に何もつけない que + 接続法

Que se le dé a Sancho lo que tiene en su poder.

Que se levante y salgamos al campo.

Que en paz descanse.

主動詞の後の接続法はもう知っていますね。quiero que vengas、mandó que se pagara。このレッスンで扱うのは、主動詞が消えて文がqueで始まる場合です。法だけがその名残として残り、その結果がスペイン語の最も特徴的な響きの一つになります。

1. 型

口にすること消されているもの英語
Que pase.Dile que pase通して。
Que lo hagan ellos.Quiero que lo hagan彼らにやらせなさい。
Que te mejores.Espero que te mejores早くよくなりますように。
Que aproveche.Deseo que aprovecheどうぞ召し上がれ。
Que Dios te bendiga.Ruego que Dios te bendiga神のご加護がありますように。

これらは化石ではありません。戸口にいる人に入ってと言うのも、知らない人によい週末をと願うのも、責任を負わずに命令を伝えるのも、この形です。使えるようになれば、日常のスペイン語の大きな部分が開けます。

2. 別れのあいさつはみなこの形

スペイン語英語
Que te vaya bien.お元気で。
Que tengas buen viaje.よい旅を。
Que descanses.よく眠ってね。
Que lo pases bien.楽しんでね。
Que en paz descanse.安らかに眠らんことを。

どれも二人称単数の接続法であることに注目しましょう。ustedで話す相手に別れを告げるなら、すべて形が変わります。que le vaya bien、que tenga buen viaje、que descanse。

3. 遺言の書き言葉の決まり文句

言い方意味
Ítem, mando que…また、〜するよう命じる。各条項はこれで始まる。
Es mi voluntad que…〜することが私の意思である。最も強い言い方。
Dispongo que…〜と定める。中立的で法的。
Dejo por albacea a…遺言執行者に指名する。
Suplico a… que…懇願する。命令ではなく頼みごとに使う。

どれも例外なく接続法をとります。どれも事実を述べるのではなく、意思を表す行為だからです。この法がなぜ存在するのかが、言語の中で最もはっきり見える場所です。

4. 押さえておきたい落とし穴

Que + 接続法は、重なる部分はあってもojalá + 接続法と同じではありません。Ojalá vengaは宛先のない願いで、if only、つまり「〜だったらいいのに」に近いものです。部屋の中で言うQue vengaは指示で、「入ってもらって」という意味です。違いは、誰かにそれを実現するよう伝えているかどうかです。

扉の閉め方

この結末は400年にわたって議論されてきましたが、議論はいつも同じです。彼は正気を取り戻し、自分の人生をたわごとの連続と呼び、本を退け、遺言を口述して死にます。この人物を愛する読者は、奪われたように感じます。批評家の中には、この撤回は強いられたもので、セルバンテスは異端審問所に対して身を守っていたのだと主張する人もいました。けれどもその読み方は維持しにくいのです。異議を唱える役として部屋に置かれているのが誰かを考えれば。

異議を唱えるのはサンチョで、それがこの章で最も力強いところです。彼は本全体を通して現実の側に立ち、巨人は風車だ、兜は金だらいだと主人に言い続けてきました。その彼が、いま寝床のそばで立場を変えます。起きてくれ、羊飼いとして野原へ出よう、魔法の解けたドゥルシネーアが茂みの陰で待っているかもしれないと信じてくれ、と懇願するのです。何一つ信じたことのなかった男が、最後までしがみつく一人になります。それに返ってくるのはことわざで、サンチョ自身の武器が向きを変えて返されたものです。去年の巣に今年の鳥はいない。

続いて、彼を死なせる実際的な理由が来ます。それは小説の最後のページに、ほとんど指示のように書き込まれています。アベリャネーダはすでに一度この人物を盗んでいました。誰にも生き返らせられないよう司祭が求めた、公証人による死亡証明書つきの死んだアロンソ・キハーノは、鍵のかかった扉です。セルバンテスは自分の創造物を守るために、それを葬ったのです。彼自身は、本が出版されてから6か月後に亡くなりました。

セルバンテスの原文で · «yo fui loco, y ya soy cuerdo: fui don Quijote de la…»

yo fui loco, y ya soy cuerdo: fui don Quijote de la Mancha, y soy agora, como he dicho, Alonso Quijano el Bueno

わしは狂っていたが、今は正気だ。わしはラ・マンチャのドン・キホーテだったが、今は、先に言ったとおり、善人アロンソ・キハーノなのだ

後編第74章から。登場人物が自分自身に幕を下ろす一文です。組み立てをよく見てください。形そのものが働いています。四つの節が二組になっていて、どちらの組も過去と現在を対比させます。fui loco と soy cuerdo、fui don Quijote と soy Alonso Quijano。過去の二つには、スペイン語の点過去がぴったりです。箱を閉じるからです。era loco では狂気が背景の状態としてそのまま残ってしまいますが、fui は、それが終わったこと、日付のついた出来事であることを告げます。Agora は ahora の古い綴りです。いちばん大事なのは最後の語、Bueno です。数行前で彼が説明しているとおり、これはふるまいを見て近所の人たちがつけてくれた呼び名で、本から取ってきた名ではありません。自分で作り上げたものはすべて返していきます。残るのは、他人がただでくれた名前で、それこそが本当に彼のものだった唯一の名だとわかるのです。

このスペイン語をセルバンテスの原文で

学んだばかりの項目が原文で使われている一節を、手を加えずに、形をひとつずつ解説しながら読みます。