レベルB2 · 第76課

トリファルディ伯爵夫人のひげ

男のひげを生やした老女官が城の庭に入ってきます。彼女が話すのは二百年前のスペイン語です。

ギュスターヴ・ドレの版画:槍を手にした一人の騎士が、騎士道の幻があふれる雲の下、夜明けの広大な平原を馬で渡っていく。
Gustave Doré, 1863. Public domain.

このレッスンで学ぶこと

読む前に

これから、今のスペイン人が誰も口にしない言葉に出会います。non、fermosura、fasta といった形は、セルバンテスが書いた時点ですでに二百年も古びていました。彼はそれを、今の映画が作りものの中世風の言葉を使うように使っています。使うためではなく、見分けるために覚えましょう。

やさしいスペイン語で読む物語

Una tarde, en el jardín del castillo, se oyó el son tristísimo de un pífano y un tambor destemplado.

ある日の午後、城の庭に、横笛と調子はずれの太鼓のひどく物悲しい音が聞こえてきました。

Sancho, que se asustaba de todo, se fue derecho a las faldas de la duquesa.

何にでもおびえるサンチョは、まっすぐ公爵夫人のスカートの陰へ逃げ込みました。

Entraron por el jardín dos hombres de luto, con las capas tan largas que las arrastraban por el suelo.

喪服を着た二人の男が庭に入ってきました。マントがあまりに長く、地面を引きずっていました。

Detrás venía un personaje enorme, cubierto de negro y ceñido con un alfanje desmesurado.

その後ろから、黒ずくめで、とてつもなく大きな半月刀を腰に帯びた巨大な人物がやって来ました。

Se descubrió el rostro y enseñó la barba más blanca y más poblada que nadie había visto nunca.

その人物が顔の覆いを取ると、誰も見たことがないほど白く、豊かなひげが現れました。

Dijo que se llamaba Trifaldín el de la Barba Blanca y que servía a la condesa Trifaldi.

自分は白ひげのトリファルディンと申し、トリファルディ伯爵夫人に仕えている、と言いました。

Habló con las palabras antiguas de los libros de caballerías, que ya nadie usaba desde hacía doscientos años.

彼は、もう二百年も誰も使っていない、騎士道物語の古い言葉で話しました。

Llamó al duque «altísimo y poderoso señor» y a don Quijote «el valeroso y jamás vencido caballero».

公爵を「いと高く力ある殿」と呼び、ドン・キホーテを「勇敢にして不敗の騎士」と呼びました。

Pidió licencia para que su señora entrase a contar su cuita, y el duque se la dio.

主人が入ってきて悩みを語る許しを求め、公爵はそれを許しました。

Volvieron los tambores, y entraron doce dueñas en dos hileras, con unas tocas blancas larguísimas.

また太鼓が鳴り、ひどく長い白い頭巾をかぶった十二人の老女官が、二列になって入ってきました。

Tras ellas venía la condesa Trifaldi, con la falda de tres puntas que le daba el nombre.

その後ろから、名前の由来となった三つ裾のスカートをはいたトリファルディ伯爵夫人がやって来ました。

Don Quijote callaba, y Sancho se moría de ganas de verles la cara a todas aquellas dueñas.

ドン・キホーテは黙っていて、サンチョはあの老女官たちの顔をみんな見てみたくてたまりませんでした。

La Dolorida empezó su discurso con las palabras más hinchadas que pudo encontrar.

悲嘆の老女官は、思いつくかぎりいちばん大げさな言葉で話を始めました。

Llamó a los presentes «discretísimos circunstantes» y preguntó por «el escuderísimo Panza».

居合わせた人々を「いとも賢明なるご列席の方々」と呼び、「いとも従士らしきパンサ殿」はどこかと尋ねました。

Sancho le contestó en el mismo tono y dijo que allí estaban todos prontos y aparejadísimos.

サンチョも同じ調子で答え、皆ここにおり、すっかり、いともすっかり準備万端だと言いました。

Contó luego la historia de la infanta Antonomasia, heredera de Candaya, de quien ella había sido gobernanta.

それから彼女は、自分が養育係を務めていた、カンダヤの世継ぎアントノマシア王女の物語を語りました。

La infanta se enamoró de un caballero particular que tocaba la guitarra y componía coplas.

王女は、ギターを弾いて歌を作る、身分のない一人の騎士に恋をしました。

Se casaron en secreto, y del disgusto murió a los tres días la reina Maguncia.

二人はひそかに結婚し、マグンシア王妃はその衝撃で三日後に亡くなりました。

Sobre la sepultura de la reina apareció entonces el gigante Malambruno, encantador y primo de la muerta.

そのとき女王の墓の上に、魔法使いで亡き女王のいとこである巨人マランブルーノが現れました。

Dejó a los dos esposos encantados, a ella hecha una mona de bronce y a él un cocodrilo de metal.

彼は夫婦二人に魔法をかけ、妻を青銅の猿に、夫を金属のワニに変えてしまいました。

A las dueñas de palacio, por no haber vigilado a su señora, les puso barbas en la cara.

宮廷の侍女たちには、主人を見張っていなかった罰として、顔にひげを生やしました。

Al decir esto, las doce se levantaron los velos y enseñaron barbas rubias, negras, blancas y pintadas.

そう言うと、十二人はベールを上げ、金色、黒、白、まだらのひげを見せました。

La condesa dijo que preferían perder la cabeza antes que llevar aquel bosque encima.

伯爵夫人は、あんな森を顔にぶら下げて歩くくらいなら首を失うほうがましだと言いました。

Solo un caballero podía deshacer el encanto, y ese caballero estaba sentado delante de ella.

魔法を解けるのはただ一人の騎士だけで、その騎士が今、目の前に座っていました。

Se echó a sus pies y lo llamó basa y coluna de la andante caballería.

彼女はその足もとに身を投げ出し、彼を遍歴の騎士道の礎であり柱であると呼びました。

Sancho preguntó si aquellas barbas se podrían aprovechar para algo, y le contestaron que no.

サンチョはそのひげが何かの役に立たないかと尋ね、立たないと答えられました。

Don Quijote juró que iría a Candaya y que raparía a las doce, aunque el reino estuviese al otro cabo del mundo.

ドン・キホーテは、たとえその王国が地の果てにあろうとも、カンダーヤへ行って十二人全員のひげを剃ってみせると誓いました。

Todo era invento de los duques, y las barbas eran postizas y estaban pegadas con mucho arte.

すべては公爵夫妻の作りごとで、ひげはつけひげを見事な技で貼りつけたものでした。

Pero el escuadrón hablaba tan en serio que dos criados pasaron la noche persignándose.

けれども一団があまりに真剣に話すので、召使いが二人、一晩じゅう十字を切り続けました。

語彙

庭への登場

el pífano
横笛
destemplado
調子はずれの
el alfanje
半月刀
la toca
頭巾
el escuadrón
隊列
ceñido
(帯を)締めた
desmesurado
並外れて大きい
arrastrar
引きずる

伯爵夫人の身の上話

la cuita
悲嘆
la gobernanta
養育係
la infanta
王女
la heredera
女相続人
la sepultura
墓
la mona
雌猿
vigilar
見張る
el castigo
罰

ひげ

postizo
つけものの、付け
rapar
剃り落とす
pegado
貼りつけた
el velo
ベール
poblado
濃い、ふさふさした
persignarse
十字を切る
hinchado
ふくらんだ
la coluna
柱

古いスペイン語とそのパロディ

Non fuyades, cobardes criaturas.

La vuestra fermosura puede facer lo que quisiere.

Fasta que la vuestra bondad me otorgue un don.

この章の古めかしい言葉はセルバンテスが考え出したものではありません。百年前の騎士道物語から写したもので、1615年の時点ですでに古風に響き、今日の映画が時代劇風の言葉づかいを使うのとまったく同じように使われています。四つの変化を知ってしまえば、古いスペイン語はもう壁ではありません。

変化古い、年老いた現代語
語頭の f が h になったfermosura, facer, fasta, fijo, fablar, fazañahermosura, hacer, hasta, hijo, hablar, hazaña
non が n を失ったnon fuyadesno huyáis
vos の語尾 -ades と -edesfuyades, habedes, sodeshuyáis, habéis, sois
所有詞の前の冠詞la vuestra fermosura, el mi señorsu hermosura, mi señor

もう一つの冗談、こちらは今も生きている

嘆きの侍女は最上級で話し、サンチョはそれをそっくり言い返します。スペイン語では形容詞に -ísimo をつけて最上級をつくり、英語と違って、名詞や論理的には程度のない語も含め、何にでも重ねてつけることができます。

普通の-ísimo をつけて働き
tristetristísimo普通に今も使う形なので、自由に使ってよい
largolarguísimoつづりに注意。gu で g の硬い音を保つ
ricoriquísimo同じ理由で c が qu になる
escuderoescuderísimo名詞なので冗談であり、セルバンテスも冗談のつもりで使っている

語幹が変わることもあり、不規則なものは丸ごと覚える価値があります。bueno は bonísimo または buenísimo、fuerte は fortísimo、antiguo は antiquísimo、joven は jovencísimo になります。

すでに死にかけたジャンルを笑う

ドン・キホーテが読む騎士道物語は、十六世紀初めに実際に出版界の一大現象でしたが、1615年にはもう終わっていました。新作は何十年もほとんど出ていませんでした。セルバンテスはここで生きた競争相手を攻撃しているのではなく、死体をまねているのであり、古いスペイン語はその合図です。altísimo y poderoso señor と名乗るトリファルディンは時代がかった口調を演じていて、公爵も公爵夫人も、庭にいる召使いも皆それをわかっています。

この仕掛けそのものも、少し立ち止まって考える価値があります。ひげの生えた女性は、この時代のスペインで実際に見世物になっていました。1631年にはリベーラが描き、市でも見せられていたので、この場面の観客にとってその姿はグロテスクでありながら時事的でもあったはずです。セルバンテスはそれを十二倍にし、ひげに色の違いまでつけて、見世物を笑劇に変えています。侍女たち自身もずっと笑いの種にされます。dueña、つまり大きな屋敷に付き添い役として置かれた年配の女性は、黄金世紀の喜劇でおなじみのからかいの的で、サンチョもすでに、彼女たちからはろくなことが起こらないと言っています。

この章を居心地悪くしているのは、笑いの向かう先です。公爵夫妻は役者を雇い、ひげを縫いつけ、誰も話さない言葉を稽古させてまで、五十歳の男を架空の旅に送り出そうとしています。ドン・キホーテはそれをすべて聞き、名誉にかけて助けると誓います。庭にいる中で、語られた女性の悲しみを、応えるべきものとして扱っているのは彼ひとりなのです。

原文のセルバンテス · «Don Quijote callaba, y Sancho andaba muerto por ver…»

Don Quijote callaba, y Sancho andaba muerto por ver el rostro de la Trifaldi y de alguna de sus muchas dueñas

ドン・キホーテは黙っていましたが、サンチョはトリファルディと、その大勢の侍女の何人かの顔を見たくてたまりませんでした

たった一行で、庭にいる全員を二種類の読み手に分けています。ドン・キホーテが黙っているのは、作り話をすっかり受け入れ、それが展開するのをうやうやしく待っているからです。サンチョは muerto por ver、つまり見たくてたまらないのです。これは信じているのでも疑っているのでもなく、仕掛けへの好奇心です。ベールを上げてほしいのです。動詞に注目しましょう。andar と形容詞の組み合わせは、抜け出せない状態を表す普通の話し言葉で、ando cansado、anda preocupado のように、今もまったく同じように使われます。セルバンテスは二ページにわたって作りものの古いスペイン語を書いたあと、この章でいちばん平易な文に切り替えて、それぞれの男がそれをどう受け止めているかを伝えるのです。

このスペイン語をセルバンテスの原文で

学んだばかりの項目が原文で使われている一節を、手を加えずに、形をひとつずつ解説しながら読みます。