レベルB2 · 第74課
公爵の城への到着
本を読んでいた公爵夫妻が、ドン・キホーテを本物の騎士として迎えます。すべてが完璧な礼儀で、すべてが前もって用意されています。

このレッスンで学ぶこと
- 宮廷の言葉づかいと、それを作っている決まり文句を見分ける。
- 言葉が言っていることと状況が示していることが違うとき、皮肉を聞き取る。
- 滑稽に聞こえない程度に、礼儀の決まり文句をいくつか使う。
読む前に
この文章は二度読みましょう。一度目は筋を追います。二度目は公爵夫妻が実際に口にする言葉だけを読み、その中に無礼な言葉が一つもないこと、そしてそのすべてが嘘であることに気づいてください。当時のスペインの宮廷言葉は、決まった部品でできた機械のようなもので、その部品がここにすべてそろっています。merced、honra、servirse de、tener el gusto de。それが何でできているかがわかれば、冗談が聞こえてきます。やさしいスペイン語で読む物語
En un prado verde, camino de Zaragoza, don Quijote vio venir una partida de caza.
サラゴサへ向かう道の緑の草原で、ドン・キホーテは狩りの一行がやって来るのを見ました。
Delante de todos iba una señora montada en un caballo blanco, vestida toda de verde.
一行の先頭には、全身緑の服を着た婦人が白馬に乗って進んでいました。
Llevaba un halcón en el guante izquierdo y no miraba a nadie en particular.
左手の手袋に鷹をとまらせ、誰を見るでもなく前を向いていました。
A don Quijote le pareció la mujer más gallarda que había visto en su vida.
ドン・キホーテには、生涯で見たうちでいちばん颯爽とした女性に思えました。
Mandó a Sancho que fuese a besarle las manos de su parte con mucha reverencia.
彼はサンチョに、自分に代わって深々とおじぎをし、その方の手に口づけしてくるよう命じました。
Le mandó también que le dijese con toda cortesía quién era su amo y señor.
また、自分の主人が誰であるかを、礼を尽くして伝えるようにも命じました。
Sancho salió corriendo con el rucio y llegó ante la duquesa sin aliento ninguno.
サンチョはロバで駆け出し、すっかり息を切らして公爵夫人の前に着きました。
Habló allí de «la sin par Dulcinea» y de «el Caballero de los Leones».
そこで彼は「比類なきドゥルシネーア」と「ライオンの騎士」について語りました。
Así se hacía llamar entonces don Quijote, desde la aventura de las jaulas de África.
アフリカのライオンの檻の冒険以来、ドン・キホーテは当時そう名乗っていたのです。
Lo que Sancho no sabía era mucho más grave de lo que él podía imaginarse.
サンチョの知らなかったことは、彼が想像できるよりもはるかに重大でした。
Los duques habían leído la primera parte del libro, impresa y vendida por toda España.
公爵夫妻は、印刷されてスペイン中で売られていたこの本の前編を読んでいたのです。
Sabían de memoria quién era cada uno de aquellos dos hombres del camino.
道にいるあの二人の男がそれぞれ誰なのか、すっかり覚えていました。
Llevaban meses deseando que pasasen por sus tierras para poder divertirse un poco con ellos.
二人が自分たちの領地を通りかかって、少し楽しませてくれないものかと、何か月も前から待ち望んでいたのです。
La duquesa respondió a Sancho con una cortesía perfecta, sin un gesto de más.
公爵夫人は、余計なしぐさ一つなく、完璧な礼儀でサンチョに答えました。
Dijo que sería para ella singular merced y honra recibir a caballero tan famoso.
これほど名高い騎士をお迎えできるのは、自分にとってまたとない恵みであり名誉です、と言いました。
Rogó que su marido, el duque, tuviese el gusto de acompañarlos hasta el castillo.
夫である公爵に、皆さまを城までご案内する喜びをお与えください、と願いました。
Ni una palabra fuera de sitio, ni una sonrisa que se le pudiera reprochar a nadie.
場違いな言葉は一つもなく、誰かがとがめられるような笑みも一つもありませんでした。
Don Quijote quiso apearse del caballo para ir a besarle la mano a la señora.
ドン・キホーテは馬から降りて、その婦人の手に口づけしに行こうとしました。
Se bajó como pudo, con la armadura puesta y con una lentitud que dolía verla.
鎧を着たまま、見ていてつらくなるほどのろのろと、どうにかこうにか降りました。
Sancho, que le sujetaba el estribo, se enredó en una cuerda de la albarda del rucio.
あぶみを押さえていたサンチョは、ロバの荷鞍の紐に足を絡ませてしまいました。
Los dos, amo y escudero, dieron con sus cuerpos en el suelo del prado.
主人と従士の二人とも、草原の地面にどさりと倒れ込みました。
Cayeron delante de toda la comitiva, de los criados, de los perros y de los halcones.
一行全員、召使いたち、犬たち、鷹たちの目の前で転んだのです。
Nadie se rió en voz alta, y ese silencio fue lo más cortés de todo.
声を上げて笑う者は誰もおらず、その沈黙こそが何よりも礼儀正しいものでした。
Los criados corrieron a levantarlos y a limpiarles el polvo de la ropa y de las armas.
召使いたちが駆け寄って二人を助け起こし、服や武具のほこりを払いました。
El duque dijo que sentía mucho que el señor caballero hubiera hecho tan mala entrada.
公爵は、騎士殿がこれほど不運なご到着をされたのはまことに残念だと言いました。
Añadió que de la desgracia de un escudero descuidado suele sacarse buena fortuna al final.
そして、不注意な従士の災難から、最後には幸運が引き出されることがよくあるものだと付け加えました。
Llegaron al castillo cuando ya empezaba a caer la tarde sobre los campos de trigo.
麦畑の上に夕暮れが降りはじめたころ、一行は城に着きました。
En la puerta salieron dos hileras de criados con antorchas encendidas en las manos.
門のところに、火のついた松明を手にした召使いが二列に並んで出てきました。
Desde los balcones les echaron agua de olor, como se hacía con los reyes.
バルコニーからは、王を迎えるときのように香水が振りかけられました。
Unas doncellas le quitaron las armas a don Quijote llamándolo «señor» todo el rato.
侍女たちはドン・キホーテの鎧を脱がせ、そのあいだずっと彼を「ご主人さま」と呼びました。
Una de ellas dijo en voz alta que aquel día honraba la casa la flor de la caballería.
そのうちの一人が、今日は騎士道の華がこの館に栄誉を与えてくださる、と声高らかに言いました。
Todo estaba preparado de antemano, desde las órdenes de la cocina hasta las antorchas.
台所への指示から松明に至るまで、すべてが前もって用意されていました。
Los duques habían montado un teatro entero para ellos dos solos, y les había costado dinero.
公爵夫妻はこの二人のためだけに一つの芝居を丸ごと仕立て、それにはお金もかかっていました。
Los dos actores principales no sabían todavía que lo eran ni lo sospecharon nunca.
二人の主役は、自分たちが主役であることをまだ知らず、最後まで気づきもしませんでした。
Don Quijote se dejó llevar de sala en sala, muy despacio y muy serio.
ドン・キホーテは、ゆっくりと、ひどくまじめな顔で、部屋から部屋へと案内されるままになりました。
Y por primera vez creyó del todo que era un caballero andante de verdad.
そして初めて、自分が本物の遍歴の騎士なのだと心から信じました。
Lo creyó sin sombra de duda, y ya no de mentira como hasta aquella tarde.
一点の疑いもなくそう信じたのです。その日の午後までのような、作りごとの気持ちではもはやありませんでした。
語彙
狩りの一行
- la partida de caza
- 狩りの一行
- el halcón
- 鷹
- el guante
- 手袋
- la comitiva
- 供の一行
- gallardo
- 颯爽とした、見事な
- apearse
- 馬から降りる
- el estribo
- あぶみ
- enredarse
- 絡まる
礼儀の決まり文句
- la merced
- 恩恵
- la honra
- 名誉
- tener el gusto de
- 〜する喜びにあずかる
- servirse de
- 〜してくださる
- la reverencia
- おじぎ
- besar las manos
- 手に口づけする
- de mi parte
- 私に代わって
- sentir mucho
- たいへん残念に思う
整えられた館
- la hilera
- 列
- la antorcha
- たいまつ
- el agua de olor
- 香水
- de antemano
- 前もって
- la sala
- 広間
- reprochar
- とがめる
- el aliento
- 息
- sospechar
- 疑う、感づく
公爵のように話すこと、そしてその裏に隠れているもの
Sería para ella singular merced y honra recibir a caballero tan famoso.
Rogó que el duque tuviese el gusto de acompañarlos.
Sentía mucho que el caballero hubiera hecho tan mala entrada.
宮廷のスペイン語は別の言語ではありません。ふつうのスペイン語を四つのフィルターに通したもので、どのフィルターも話し手と言いたいことのあいだに距離を置きます。
1. 直説法現在の代わりに過去未来(条件法)
es ではなく Sería para ella singular merced。過去未来(条件法)を使うと、陳述が仮定的になり、そのぶん押しつけがましさが減ります。これは現代スペイン語にもそのまま残っています。¿Le importaría…?、Querría pedirle…、Sería mejor que…。この言語がもつ丁寧さの仕掛けの中で、いちばん役に立つものです。
2. 頼みごとの、より柔らかい動詞
Rogar と suplicar が pedir の代わりに使われ、pedir とまったく同じように接続法をとります。Rogó que tuviese el gusto de acompañarlos. 現代の言い方では Le agradecería que… や Le ruego que… があり、どちらも書き言葉でいまも使われています。
3. 動詞の代わりに名詞
me alegro mucho ではなく Singular merced y honra。抽象名詞を積み重ねると、どの言語でも文が公式な響きになります。スペイン語ではそれを、限られた少数の語で行います。merced, honra, gusto, favor, servicio, voluntad。
4. 相手に向かってではなく、相手について話す
Que el señor caballero se sirva pasar と、本人を前にして言います。現代の usted はここから来ています。Vuestra merced(閣下、旦那さま)は三人称の動詞をとり、何世紀もかけてすり減って usted になりました。だから usted は今でも三人称の語尾をとるのです。セルバンテスが書いているのは、まさに両方の形が使われていた時代です。
皮肉
皮肉は文法の形ではなく、それを示す語尾もありません。言葉には非の打ちどころがないのに、状況がそれと食い違うときに生まれます。公爵は、春からずっと期待していた転倒についてまことに残念だと言います。侍女は、騎士道の華がこの館に栄誉を与えると告げますが、まさにそう言うようにと、その朝言いつけられていたのです。文には何ひとつ誤りがありません。そのすべてが偽りで、しかもセルバンテスは一度もそうだとは言いません。
本の中の最初の読者たち
『ドン・キホーテ』の前編は1605年に出版され、一年のうちにスペインとその帝国の各地で売れました。今読んでいる後編が出たのは1615年で、セルバンテスはこの十年の隔たりを使って、それまで誰もしなかったことをします。登場人物たちが、誰もがすでに自分たちのことを読んでいる国に足を踏み入れるのです。公爵夫妻は道で狂人に出会っているのではありません。自分たちが持っている一冊の本に出会っているのであり、それを待ちわびていたのです。
小説はこのあと城での長い滞在に入ります。前編と後編を通じていちばん長い一つの挿話で、その中の出来事はすべて館の人々の楽しみのために仕組まれています。礼儀は本物の礼儀で、子どものころから身につけてきた人々が正しく行っています。だからこそ残酷なのです。ドン・キホーテに無礼を働く者は誰もおらず、彼に聞こえるところで笑う者もいません。そしてその仕掛け全体が、一人の貧しい郷士がそれを信じこむのを眺める楽しみのために動いているのです。
セルバンテスはこの章を、下に引用した一文で締めくくります。この本でいちばん冷ややかな一行です。騎士は第1章以来ずっと望んできたもの、つまり自分が遍歴の騎士だと完全に信じることをついに手に入れます。しかもそれを手に入れるのは、彼をおもしろがる人々がその信念をこしらえてやった、まさにその午後なのです。ここから先、狂気はもう彼一人のものではありません。
セルバンテスの原文で · «Aquél fue el primer día que de todo en todo conoció…»
Aquél fue el primer día que de todo en todo conoció y creyó ser caballero andante verdadero, y no fantástico
それは、彼が自分を空想上のではなく本物の遍歴の騎士だと、心から知り、信じた最初の日でした
後編第31章の終わりからの一文です。この文を理解するには、二つの語を訳しておく必要があります。De todo en todo は古い言い回しで、「完全に、あらゆる点で、余すところなく」という意味です。そして fantástico はここでは「すばらしい」ではありません。それは現代の意味で、ここでは「想像の中にしか存在しない」という意味です。つまり verdadero のちょうど反対です。ですからこの一文は、想像上の遍歴の騎士ではなく本物の遍歴の騎士だと自分を知り、信じたのはこの日が初めてだった、と言っているのです。この読み方では、それまでの彼はすべて、なかば演じていたことになります。この文を小説でいちばん冷ややかなものにしているのは、セルバンテスがそれを置いた場所です。松明の一本一本、おじぎの一つ一つ、香りに包まれた礼儀の言葉の一語一語が、本で彼のことを読んだ退屈した二人の貴族によって前もって用意されていた、その章の締めくくりに置かれているのです。彼は最初のページから望んできたものを手に入れ、しかもそれを自分を笑っている人々からの贈り物として受け取ります。セルバンテスはそれを平板な一文で書き、先へ進みます。
