レベルB2 · 第72課

壊れた人形の弁償

ドン・キホーテは二体の木の人形を救おうと、剣を振るって人形芝居に斬り込みます。そのあと、壊したものを一つずつ、値切り交渉つきで弁償します。

ギュスターヴ・ドレの版画:槍と盾を持って家から馬で去っていくドン・キホーテ。二人の女性が後を追い、庭ではヤギが草を食み、奥には農家の門が見える。
Gustave Doré, 1863. Public domain.

このレッスンで学ぶこと

読む前に

この文章は決まり文句でできています。血が頭にのぼり、かかとが踏まれ、口からパンが取り上げられ、クレドを二回唱えるあいだに事が済みます。どれも個々の単語の意味どおりにはならず、訳してみても意味はつかめません。まず筋を追って一度読み、字面だけ見ると妙な言い回しに印をつけましょう。十個ほどあります。

やさしいスペイン語で読む物語

El muchacho dijo que los moros iban ya pisando los talones a los dos fugitivos.

少年は、ムーア人たちがもう逃げる二人のすぐ後ろまで迫っていると言いました。

Al oírlo, a don Quijote se le subió la sangre a la cabeza de golpe.

それを聞いて、ドン・キホーテは一気に頭に血がのぼりました。

Sacó la espada, dio un salto y se plantó delante del retablo de un brinco.

彼は剣を抜いて跳び上がり、ひと跳びで舞台の前に立ちはだかりました。

Gritó que no consentiría semejante atropello mientras él viviese en este mundo y tuviese espada.

自分がこの世に生きて剣を持っているかぎり、そのような狼藉は許さないと叫びました。

Empezó a repartir cuchilladas a diestro y siniestro, sin mirar a quién ni pensarlo dos veces.

相手も見ず、考えもせずに、右へ左へと斬りつけはじめました。

En dos credos dejó el retablo hecho una lástima, sin dejar figura entera.

あっという間に舞台を無残な姿にし、無傷の人形は一つも残りませんでした。

Descabezó moros, partió caballos por la mitad y tiró al suelo el castillo de Zaragoza.

ムーア人の首をはね、馬を真っ二つにし、サラゴサの城を床に倒しました。

Estuvo a punto de rebanarle una oreja a maese Pedro, que se agachó a tiempo.

危うくペドロ親方の耳をそぎ落とすところでしたが、親方はうまく身をかがめました。

El titiritero se echó al suelo entre los muñecos rotos y se puso a dar voces.

人形遣いは壊れた人形のあいだに身を投げ出し、わめきはじめました。

Gritaba que aquel hombre lo había arruinado y le había quitado el pan de la boca.

この男のせいで破産した、飯の種を奪われた、と叫んでいました。

Decía que ya podía irse a pedir limosna por los caminos de Aragón y de Castilla.

これではアラゴンとカスティーリャの街道で物乞いでもするしかない、と言いました。

El mono se había subido al tejado desde el primer espadazo y no bajaba.

猿は最初の一太刀で屋根に上ってしまい、下りてきませんでした。

Cuando se calmó todo, don Quijote explicó su versión con mucha tranquilidad y sin levantar la voz.

すべてが静まると、ドン・キホーテは声を荒らげることもなく、ごく落ち着いて自分の言い分を説明しました。

Dijo que los encantadores que lo persiguen le habían puesto delante una batalla verdadera.

自分を追い回す魔法使いたちが、目の前に本物の戦を見せたのだと言いました。

Dijo que él había acudido a socorrer a los perseguidos, como manda su oficio.

自分は、務めが命じるとおり、追われる者たちを助けに駆けつけたのだと言いました。

Pero añadió enseguida que pagaría todo lo roto, hasta el último muñeco de madera.

けれどもすぐに、壊れたものは最後の木の人形一体まですべて弁償すると付け加えました。

Allí mismo se hizo la cuenta, figura por figura, sobre una mesa de la venta.

その場で、宿屋のテーブルの上で、人形一体ずつ勘定が行われました。

El ventero hizo de tasador y Sancho se puso al lado del titiritero a regatear.

宿の主人が査定人を務め、サンチョは人形遣いの隣に立って値切りました。

Maese Pedro pidió por el rey Marsilio, que estaba sin cabeza, cinco reales y cuartillo.

ペドロ親方は、首のなくなったマルシリオ王に5レアルと4分の1を求めました。

Sancho le rebajó a cuatro, y así fueron bajando de figura en figura.

サンチョはそれを4レアルまで値切らせ、そうして人形ごとに値段が下がっていきました。

Por el emperador Carlomagno, que estaba partido en dos, pidió otro tanto de dinero.

真っ二つになったシャルルマーニュ皇帝にも、同じだけの額を求めました。

Por Melisendra, que había perdido la nariz y un ojo, quiso cobrar el doble.

鼻と片目をなくしたメリセンドラには、倍の値段をつけようとしました。

Sancho dijo que la señora iba camino de Francia con su marido y a buen paso.

サンチョは、あの姫君は夫と一緒にフランスへ向かっていて、なかなかの足取りで進んでいると言いました。

Dijo que sería mejor buscarla en la frontera antes de cobrarla como muerta.

死んだものとして代金を取る前に、国境で彼女を探したほうがいいと言いました。

Todos se rieron menos maese Pedro, que llevaba la cuenta apuntada en un papel.

皆が笑いましたが、紙に勘定を書きつけていたペドロ親方だけは笑いませんでした。

La cuenta subió a cuarenta reales y tres cuartillos, sin contar todavía el mono.

勘定は、まだ猿の分を数えずに、40レアルと4分の3にのぼりました。

Don Quijote los pagó sin rechistar y sacó el dinero delante de todos.

ドン・キホーテは文句ひとつ言わずにそれを払い、皆の前でお金を出しました。

Añadió dos reales más por el trabajo de cazar al animal del tejado.

さらに、屋根から猿を捕まえる手間賃として2レアルを上乗せしました。

Aquella noche cenaron todos juntos y en paz, como si allí no hubiera pasado nada.

その夜、皆は何事もなかったかのように、仲よく一緒に夕食をとりました。

Al día siguiente, maese Pedro se marchó antes del amanecer con el retablo a cuestas.

翌日、ペドロ親方は舞台を背負って、夜明け前に出ていきました。

Don Quijote quedó convencido de que todo había sido cosa de los encantadores de siempre.

ドン・キホーテは、すべてはいつもの魔法使いたちのしわざだったと信じて疑いませんでした。

Sancho pensó que aquel hombre del parche verde le sonaba mucho de alguna parte.

サンチョは、あの緑の眼帯の男にはどこかで見覚えがあると思いました。

No supo de qué le sonaba, y prefirió no decirle nada a su amo.

どこで見たのかは思い出せず、主人には何も言わないでおくことにしました。

語彙

舞台の破壊

la cuchillada
剣の一撃
descabezar
首をはねる
rebanar
そぎ落とす
agacharse
身をかがめる
el muñeco
人形
el atropello
乱暴狼藉
socorrer
助けに行く
arruinar
台無しにする

宿屋の決まり文句

pisar los talones
すぐ後ろに迫る
subírsele la sangre a la cabeza
頭に血がのぼる
a diestro y siniestro
右へ左へ、手当たりしだいに
en dos credos
あっという間に
hecho una lástima
無残な姿で
quitar el pan de la boca
飯の種を奪う
sin rechistar
文句ひとつ言わずに
sonarle a alguien
見覚え(聞き覚え)がある

勘定

el tasador
査定人
tasar
査定する
regatear
値切る
rebajar
値引きさせる
el cuartillo
4分の1レアル硬貨
cobrar
代金を取る
a cuestas
背負って
el tejado
屋根

決まり文句と大げさな言い方

A don Quijote se le subió la sangre a la cabeza.

En dos credos dejó el retablo hecho una lástima.

Aquel hombre le había quitado el pan de la boca.

慣用句とは、たまたま数語でできている一つの語彙です。分解することも、一語を類義語に置き換えることも、訳すこともできません。Pisar los talones は英語の to be hot on somebody’s heels にあたりますが、✗ pisar los pies と言っても何の意味にもなりません。

1. この文章に出てくる十数個の表現

スペイン語英語直訳
pisar los talonesすぐ後ろに迫るかかとを踏む
subírsele la sangre a la cabezaかっとなる血が頭にのぼる
a diestro y siniestro右へ左へ、手当たりしだいに右へ左へ
en dos credosすぐにクレド二回で
hecho una lástima無残な姿で哀れなものにされた
quitar el pan de la boca食卓から食べ物を奪う口からパンを取り上げる
estar a punto de今にも〜しようとしている〜の点にいる
sin rechistar文句ひとつ言わずにひと言も文句を言わずに
sonarle a alguien聞き覚えがある誰かに響く
a cuestas背負って坂の上で

2. スペイン語の大げさな言い方

この章には三つの手法がすべて出てきます。ありえない量: en dos credos、de tres leguas a la redonda、a cien leguas。単位は本物で、量が本物ではありません。接尾辞 -ísimo: rapidísimo、muchísimo、malísimo。muy より強く、話し言葉では英語の extremely よりずっとよく使われます。接頭辞 re- とその兄貴分: rebueno、requetebueno。くだけていて、親しみのこもった言い方です。

3. 言葉づかいの位相

このページにあるのはすべて話し言葉のスペイン語です。宿屋や市場や会話にはふさわしくても、改まった手紙に書けば場違いに見えます。二つ先のレッスンでは公爵と公爵夫人の会話を読みますが、ここにある表現は一つも出てきません。この対比は意図されたもので、セルバンテスがしていることの大きな部分を占めています。

笑いどころは破壊ではなく請求書

剣の大立ち回りは二分で終わり、セルバンテスはそれに半段落しか割きません。査定のほうはずっと長く、値段、値切り、小銭まで、一品ずつ丹念に書き込まれます。この逆転こそが笑いのすべてです。人形芝居を壊すことなら誰にでもできます。おかしいのは、首のないマルシリオ王に5レアルと4分の1の値がつき、サンチョがそれを4レアルに値切らせ、西の皇帝が馬一頭と同じ値段で片づけられることです。

この笑劇の中には真面目な考えがあり、それは後編が繰り返し立ち返る考えです。フィクションには値段がある、ということです。ドン・キホーテは物語を壊し、今その代償を硬貨で払います。証人の前で、査定人まで立てて。ライオンの一件のあとの公証された証書と同じ手で、行いが書類になるのです。主人公に損害の代償を払わせ続けた最初の小説家がセルバンテスでした。

しかも代金を受け取っているのはヒネス・デ・パサモンテです。ドン・キホーテのおかげで自由の身になり、サンチョのロバを盗んだ男です。彼は42レアルと舞台を背負って、夜明け前に去っていきます。彼が誰だったのか、ドン・キホーテに教える者はいません。サンチョはなかば気づきながら何も言いません。それがこの章でいちばん人間らしいところで、前編からの借りは結局清算されないままです。

セルバンテスの原文で · «que es de la hermosa Melisendra, quiero…»

que es de la hermosa Melisendra, quiero, y me pongo en lo justo, dos reales y doce maravedís

美しいメリセンドラの人形には、公正な値段以上は求めません、二レアル十二マラベディいただきたい

後編第26章で、ペドロ親方が壊れた人形に値をつけながら言う台詞です。この文は笑いを生み出す小さな装置です。一つの節に三つの位相が通っています。始まりは騎士道物語の言葉、la hermosa Melisendra、「麗しのメリセンドラ」で、まさにロマンセ(物語詩)での呼び方そのものです。終わりは小銭で、2レアルと12マラベディ。マラベディはごく小さな硬貨で、34枚で1レアルになりました。そしてその二つのあいだに挟まっているのが me pongo en lo justo です。スペインの市場での値段交渉の決まり文句で、「正当な額しか求めていません」という意味です。どの商人も、値切られる直前に必ずこう言います。メリセンドラは物語詩の姫君であり、鼻の欠けた木の人形であり、請求書の一項目でもあって、それがわずか十五語の中に収まっています。この慣用句は覚えておく価値があります。スペイン人は今でもこう言い、意味も変わっていません。